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2008年3月 9日 (日)

画面を離れよ、紙に出よう。――情報カード今再び―― (5)

■アナログな時間を取り戻すために

 最初にも述べたように、私がカードシステムを復活させたいと思った動機の一つは、パソコンの前で漫然と空費する時間を減らしたいということであった。実際にカードを使ってみて20日ほどになるが、携帯メモでアイデアを捕まえてカードに定着させる作業が楽しくなってくると、作業を快適にするために道具を調えて、机周りをきれいにしようという意欲も出てくる。梅棹式の知的生産術を几帳面にやっていた頃の感覚が戻ってくるような感じといったところだろうか。そうすると仕事自体への意欲も出てきて、仕事や生活の密度が濃くなってきたように思う。テクノ依存症に悩む方には、ぜひ今一度「紙」に戻ってみることをお勧めしたい。

 パソコンを離れてカードに向かうための、ちょっとした工夫をここで紹介したい。

その1 パソコンを立ち上げる前にカードに向かう

 仕事場に着いたら、パソコンを立ち上げる前にカードに向かい、 携帯メモの内容を転記する。転記しているうちにさらに新たなアイデアがどんどん浮かんできたらしめたものである。パソコンを立ち上げた後ではなかなかこうはいかない。これをやってみてわかったのは、パソコンの動作音がいかに知的作業への集中を妨げていたかということである。読書をする時もパソコンの電源を落としてしまった方がよいかも知れない。

その2 「本日の予定」をいの一番にカードに書き出す

 「超」整理手帳などを見ながら、その日にやっておきたい予定をカードに書き出し、パソコンのそばの目につく所に掲示しておく。走り書きではなく、きちんとしたカードでやるべき仕事が目の前に掲示されていると、自分にプレッシャーをかける効果は意外に大きい(そのうち慣れるかも知れないが)。やり終えた作業にはチェックを入れ、やり残した作業には△印をつけておく。書き終わったカードは他のカードと一緒に時系列で収納しておく。

その3 パソコンを離れたすきにアナログ作業

 パソコンを立ち上げた後では、カード書きなどのアナログなデスクワークは、トイレに立ったり、食事をしたり、来客の応対をしたり等でパソコンの前を離れた間に取りかかってしまうのがよい。それに慣れてきたら、メモっておきたいアイデアが浮かんだときに、すぐさまパソコンの前を離れてカードに向かうという体の動きも、自然にできるようになってくるであろう。

■カードは作業着手への抵抗を軽減する道具

 野口悠紀雄氏は「仕事の全行程の中で一番難しいのは、『始める』ことだ」(『「超」手帳法』pp.70)と言う。一旦始めてしまえば、後はどんどん作業を進められるが、最初に始める時にはどうにも手がつかないことが多いというのである。そこで野口氏は電車の中などのいつもと違う場所で、とりあえず最初のところだけ手をつけてしまい、後は仕事場で作業を続けるという方法を提案している。

 ところがパソコンという道具は、いざ作業にかかろうとすると、電源を入れてソフトを起動する間にどうしてもワンクッション置くことになってしまい、他のことを先にやってしまって本来の仕事は結局手につかないまま、ということが多々ある。つまり「着手抵抗」が非常に大きい道具なのである。

 その点カードは思い立ったらいつでもすぐ書けるのが最大の利点であり、 「着手抵抗の軽減」という点では極めて効果的な道具といえる。野口氏も紙の「抵抗の少なさ」はもちろん認めていて、アイデア捕捉にメモを取ることを勧めているが、それ以後の作業は一切パソコンでやってしまった方がよいとしている(『「超」整理法』 pp.194、『「超」手帳法』pp.131)。知的生産はカードでやるよりも、パソコン上でやる方が効率がよいからというのがその理由であり、私もつい最近までそう思っていたのであるが、少なくとも文学研究のような分野では、アナログ作業の最たるものである読書が重要なウェイトを占めるのであり、カードによるアナログ的知的生産も、決して有効性を失ってはいない。それなら「着手抵抗の軽減」に絶大な効果のあるカードを最大限に生かすことを考えた方がよいのであって、着手したテーマに関するカードがある程度たまって、 作業への抵抗がなくなってきたら、そこで初めてパソコンに移って文章に仕上げるのが、紙と電子データを有効に結びつける方法ではないかと思う。

■いつでもやめられるのもカードの利点

 それにカードはもし書いてみて効果がなさそうだとわかったら、休止するのも廃棄するのもさほどの抵抗にはならない。カードシステムは電子機器やソフトウェアに比べればはるかに安価で、捨てたければ可燃ゴミや故紙で気軽に出せるのだから。気軽にやめられるということは、即ち気軽に始められるということでもある。

 そういう意味でも、初めてカードシステムに取り組む場合は、最初から高価な道具をそろえずに、 身近なものや廃物を利用してやってみるのがよいと思う。道具を工夫すること自体が楽しみになるし(しばらくはそれに時間を取られっぱなしになるという副作用もあるが)、自分で作った道具には愛着もわくから、長く続けるための原動力にもなるであろう。

■おわりに

 これまで紹介してきたカードシステムは、あくまで私の仕事や環境にカスタマイズされたものである。本家PoICのHPや、本文中に引用した文献などを参考にしながら、自分なりのシステムを考えていただければと思う。私自身もカードを復活させてからまだ日が浅いことでもあるから、今後もいろいろ改良を加えていくかも知れないし、あるいは「やっぱりやーめた」となってしまう可能性もないとはいえない。

 本稿はカード復活後の成果第1号であるが、400字詰め原稿用紙にして36枚の分量がある。そのもとになったカードは26枚、それを頼りに文章に仕上げるのには2日しかかかっていない(カードを取った日付には当然もっと幅があるけれども)。これほどの量の文を一気呵成に書き上げられるとは予想もしていなかったし、もちろん初めての経験である。一からパソコンに向かって書き始めていたら、こうはいかなかったに違いない。

 学術論文ならこう簡単にはいかないだろうが、論文にするのに必要なカード枚数の目安や、それを組み立てて文章に仕上げるノウハウは得られたわけだから、それだけでも十分な成果はあったといえるだろう。

 「パソコンを前にしてもどうも仕事がはかどらない」という研究者、あるいはクリエイティブな職業の方々に、本稿が少しでも役立つことがあればと切に願う。(了)

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